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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)201号 判決

アイルランド国 ダブリン 2 クランウィリアム テラス20

原告

アロウディーン リミテッド

代表者

ジョン ブルウェット

マイケル プレストン

訴訟代理人弁理士

柳田征史

佐久間剛

中熊眞由美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

谷口浩行

吉村康男

後藤千恵子

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第15405号事件について平成8年2月16日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年7月31日、名称を「嘔吐等に抗する医薬」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1986年(昭和61年)8月1日西ドイツ国でした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(昭和62年特許願第192553号)をしたが、平成6年6月15日拒絶査定を受けたので、同年9月12日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第15405号事件として審理した結果、平成8年2月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月20日原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項の記載

成分が薬用ショウガ根(Rhizoma Zingiberis)および特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤(Extr.Ginkgo bilobae e fol.sicc.)であることを特徴とするむかつき、または嘔吐等に抗する医薬。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の特許請求の範囲第1項の記載は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対する原査定の拒絶の理由の概要は、「本願発明は、明細書の記載によれば、「ショウガ根」および「特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤」を組合わせて用いることで、各々の有する旅行病および偏頭痛の作用を共働させて驚異的に強化するとともに、妊娠のむかつきおよびつわり、その他に対しても有効であるとしているが、明細書中には、これら薬理効果を裏付ける実施例その他の具体的記載は何もなされてなく、発明の成立を裏付ける客観的根拠を充分開示したものではないので、本願は、特許法第36条第3項(注・昭和62年法律第27号による改正前のもの。以下、同じ。)に規定する要件を満たしていない。」という点にある。

(3)  上記の点について、請求人(原告)は具体的な薬理効果が出願当初の明細書に旅行病、偏頭痛、妊娠のむかつき、つわり等に有効であることについては明確な記載があり、効果の記載が明記されていることは明らかであるから、発明が当業者にとって容易に実施できる程度に記載されていると主張している。

(4)〈1〉  しかし、医薬についての用途発明は、特定の物質又は組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであるから、薬理効果が薬理データ、又はそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要であると認められる。

〈2〉  しかるに、本願明細書の記載を検討すると、旅行病、偏頭痛、妊娠のむかつき、つわり等に有効であること、投与量、投与方法及び製剤形態は確かに記載されているが、薬理データ又はそれに代わり得る具体的な記載は何ら記載されていない。

〈3〉  そうすると、薬物を投与した結果、具体的にどの程度効果が認められたのかは確認できないから、医薬の用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているものとは認められない。

(5)  したがって、本願は、特許法36条3項に規定する要件を満たしていないので、拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認め、(4)、(5)は争う。

審決は、特許法36条3項の規定の適用を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(特許法36条3項の要求する記載の程度についての判断の誤り)

審決は、「医薬についての用途発明は、特定の物質または組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであることから、薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である」(甲第1号証3頁16行ないし4頁1行)と判断するが、誤りである。

〈1〉 特許法36条3項は、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない旨規定しているものであって、医薬についての用途発明の場合には、薬理効果が薬理データ又はそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていなければならない旨は規定していない。

したがって、薬理データ等の提出は、審査の過程で効果が疑わしいと判断したときに要求すれば足りるものであり、当初の明細書に記載されていなければならないものではない。

〈2〉 現行の審査基準「第1部 明細書、第1章 明細書の記載要件、5.留意事項(3)」には、「発明の詳細な説明に記載された発明の効果を奏さない旨の拒絶理由の通知に対し、出願人はその効果を奏することを意見書又は実験成績証明書等により反論・釈明することができる。そして、それらにより実質的に効果を奏することが確認できた場合は特許法第36条第4項違反とはならない。」と定められており、特許庁の新しい審査基準は、原告の主張を認めるような内容になっているものである。

(2)  取消事由2(本願明細書の記載の十分さについての判断の誤り)

審決は、本願明細書には、「薬物を投与した結果、具体的にどの程度効果が認められたのかは確認できないから、医薬の用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているものとは認められない。」(甲第1号証4頁6行ないし9行)と判断するが、誤りである。

〈1〉 本願明細書には、薬用ショウガ根と特製の二裂及び二つ折りのイチョウの乾燥剤を組み合わせることにより、むかつき、嘔吐に対する医薬を提供できること、特に旅行病(乗り物酔い)、妊娠の嘔吐及び偏頭痛の治療に適し、副作用のない医薬を提供できることが明確に記載されており、さらに、その投与量、投与方法起ついても、詳細に記載されている。

〈2〉 したがって、「薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていること」(甲第1号証3頁18行ないし20行)が必要であると解したとしても、本願明細書には、薬理データに代わり得る具体的な記載があるものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(特許法36条3項の要求する記載の程度についての判断の誤り)について

〈1〉 明細書の発明の詳細な説明は、発明の内容を正確に第三者に公開することによって、第三者がその実施を容易にすることができるよう解説した技術文献としての使命を果たす部分である。この記載が不十分であるときは、公開の代償として特許を付与する特許法の趣旨に反することになるため、特許法は、特許法36条3項に明細書の発明の詳細な説明の記載要件を規定し、この規定違反を出願拒絶の理由及び特許無効の理由としている。したがって、明細書の発明の詳細な説明においては、当該発明の構成のみならず、当該発明の目的及び特有の効果の説明が必要であるとされており、そのうち効果については、発明の特有の効果を的確に理解し得るように示さなければ、当業者が明細書の記載に基づいて容易に発明を実施することができないものである。

医薬についての用途発明においては、ある物質あるいは組成物の薬理効果を理論的に予測することは通常困難であるから、種々の物質あるいは組成物について薬理試験を行い、これらの物質あるいは組成物のうちのあるものが特定の薬理効果を有することを実験により確認してはじめて医薬としての有効性を認識できるものである。したがって、医薬についての用途発明についても、明細書において実験により確認された薬理効果が記載されていない場合には、当業者は、発明の構成自体に基づいて、その発明の奏する効果を的確にあるいは容易に理解することができないものとすべきである。さらに、敷衍していえば、明細書の記載に基づき医薬についての用途発明を当業者が容易に実施できるというためには、その医薬についての用途発明に係る物質あるいは組成物を用いて有効に治療できること、あるいは有効に治療し得るであろうことを、明細書の記載から当業者が認識できることがその前提となる。このためには、各症例に対する具体的な薬理データを示して薬理効果の程度を明らかにする必要があり、この薬理効果の程度を的確に把握できなければ、当業者が有効な治療を行い得るとの認識をもち得ないことは明らかである。

なお、医薬を発明したとする者であれば、薬理試験の結果である薬理データを保有しているのが普通であるから、そのデータを当初の明細書に記載することを要求しても、出願人に格別過大な要求をすることにはならない。また、仮に原告主張のような制度とすれば、先願主義の下で単なる思いつきにすぎない医薬発明が多数出願され、それらに特許を付与しなければならないことになり、特許制度の円滑な運用を妨げる事態を招くものである。

〈2〉 「医薬発明に関する運用基準(昭和50年10月)」は、医薬の有効性を裏付ける具体的記載がない場合には、特許法36条3項の要件を満たしていないこととし、この点の判断の指針を具体的に示している。

原告が指摘する現行の審査基準は、昭和63年1月1日以降の改善多項性下の出願に適用されるにすぎない。

(2)  取消事由2(本願明細書の記載の十分さについての判断の誤り)について

〈1〉 本願発明は、薬用ショウガ根及びイチョウの乾燥剤を特定の医薬用途に用いた医薬用途に関する発明であるが、本願明細書の発明の詳細な説明においては、本願発明の効果に関して、単に、旅行病、妊娠の嘔吐及び偏頭痛の治療に適する旨を記載しているにすぎず、該効果を生ずる理由及び該効果を奏し得ることを具体的に示す薬理データは全く記載されていないから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、本願発明の効果を現に奏すること及びその効果の程度について当業者が的確あるいは容易には理解できないとするのが妥当である。

〈2〉 また、製剤形態、投与量については、「投薬の単位は、特に、散薬の使用の際には、約30mgの特製の二裂および二つ折りのイチョウの乾燥剤および約500mgの薬用ショウガ根であり、またエキスの使用の際には、前記特製の二裂および二つ折りのイチョウの乾燥剤に加えて50mgの薬用ショウガ根が意のままに役立てられるはずである。苦痛薬との組合わせにおいて、これらは、投薬単位につき500mgの持ち分を有する。」(甲第2号証8頁11行ないし18行)と記載しているのみである。しかし、同一の医薬でも各疾病及びその原因が異なれば薬剤の有効度も異なり、それぞれの症例に応じて投薬単位量が異なることが通常であるにもかかわらず、本願明細書においては上記したようにただ1つの投薬単位量しか記載されていないのであって、上記本願明細書の投薬量の記載は、薬理試験の結果によるものとはいえず、信憑性に乏しいものである。

〈3〉 さらに、本願明細書において、むかつき又は嘔吐の具体例として、旅行病(乗り物酔い)及び妊娠のつわりが挙げられているが、これらの症例は、精神的あるいは心理的な要素が強く影響するものであって、薬自体の薬効によらずとも暗示等により症状が軽快することは広く知られそいるものである(乙第1号証)。また、薬理効果を評価する際には、このように精神的あるいは心理的要素が影響するような場合は、特に二重盲検試験が不可欠であるとされている(乙第2号証)。したがって、これらの点からみると、単に旅行病、偏頭痛、妊娠のむかつき、つわり等に有効である旨記載されていたとしても、それは薬自体の効果ではなく、精神的あるいは心理的要因によるものである可能性が充分あり、薬理データあるいはそれに代わり得る具体的な記載がなければ、当業者が本願発明の効果を的確にあるいは容易に理解できるとは到底いえないし、本願発明の医薬がこれらの症例を有効に治療できることあるいは治療できるであろうとの認識を持ち得ないことも明らかである。そして、このように薬理効果が不確かな状態では、本願発明を当業者において容易に実施できるとはいえないとするのが妥当である。

〈4〉 しかも、原告が本願発明の効果を立証しようとして本件審判請求書(乙第4号証)に添付した薬理データは、悪性腫瘍手術後に放射線療法を部分的に組み合わせられた化学療法を施した患者に対し、乾燥イチョウ葉エキスと薬用ショウガ根からなる薬剤の制吐効果を試験したものであって、これは本願明細書に記載された旅行病(乗り物酔い)、偏頭痛及び妊娠のつわりとは全く異なる症例である。そして、一口に嘔吐といってもその原因は種々異なり、これに応じて制吐薬においても効くものと効かないものとがあることも技術常識であるから(乙第3号証)、上記本件審判請求書に添付された薬理データのみから、本願発明の薬剤が、本願明細書に記載されている旅行病(乗り物酔い)、偏頭痛及び妊娠のつわりはもとより、むかつき及び嘔吐一般に有効であるとはいえるものではない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の特許請求の範囲第1項の記載)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1(特許法36条3項の要求する記載の程度についての判断の誤り)について

〈1〉  明細書には、その技術文献としての性格上、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度にその発明の目的、構成とともに、その特有の効果を具体的に記載すべきところ(特許法36条3項)、医薬についての用途発明においては、一般に、物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法36条3項に違反するものといわなければならない。

〈2〉  原告は、特許法36条3項は、通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成および効果を記載しなければならない旨を規定しているだけであり、医薬についての用途発明の場合には、薬理効果が薬理データ又はそれに代わりうる具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていなければならないとは規定していないから、薬理データ等は当初の明細書に記載されている必要はない旨主張するが、前記〈1〉に説示したとおりであるから、上記主張は採用することができない。

また、原告指摘の現行の審査基準「第1部 明細書、第1章 明細書の記載要件、5.留意事項(3)」の「発明の詳細な説明に記載された発明の効果を奏さない旨の拒絶理由の通知に対し、出願人はその効果を奏することを意見書又は実験成績証明書等により反論・釈明することができる。そして、それらにより実質的に効果を奏することが確認できた場合は特許法第36条第4項違反とはならない。」との定めの趣旨は、その前の箇所(1)の記載と合わせて理解すれば、特許請求の範囲の一部については効果を確認する具体例の記載があるが、それだけではその余の部分の効果を確認できない旨の拒絶理由通知に対し反論・釈明をすることができる旨を定めたものであり、当初の明細書に裏付けとして具体例の記載が全くない場合についてまで、意見書又は実験成績報告書等による反論・釈明をし得ることを定めたものとは認められないから、現行の審査基準も、原告の主張の裏付けとなるものではない。

〈3〉  したがって、「医薬についての用途発明は、特定の物質または組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであるから、薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である」との審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(本願明細書の記載の十分さについての判断の誤り)について

〈1〉  甲第2号証によれば、本願明細書には、次のとおり記載されていることが認められる。

「本発明は、むかつき、あるいは嘔吐等に抗する医薬に関する。」(4頁2行、3行)、

「旅行病の症状に抗する予防においては、最近は、ショウガ科の根茎に基礎を置く抗催吐剤が評判通りであることが判っている。」(5頁10行ないし13行)、

「偏頭痛の治療のため、特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤(Extr.Ginkgo bilobae e fol.sicc.)が既に、効果があるものとして認定されており、この場合、頭痛阻止が行われている治療中の患者は、全般的に存在する改善作用も感じることが報告されている。」(5頁16行ないし6頁1行)、

「本発明の課題は、むかつき、または嘔吐等に抗する医薬を、特に旅行病(乗り物酔い)、妊娠の嘔吐(つわり)、または偏頭痛の場合に治療に供することであり、当該医薬は、今まで知られている薬剤よりも良い作用を有し、ならびに/または副作用および病的危害を加えないものである。」(6頁2行ないし7行)、

「薬用ショウガ根・・・および特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤・・・の両方の本発明による組合わせは、今までの使用要件における個々の作用物質の作用、すなわち薬用ショウガ根による旅行病および特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤による偏頭痛の作用を共働させて驚異的に強化する結果となることが証明されている。」(6頁16行ないし7頁6行)、

「投薬の単位は、特に、散薬の使用の際には、約30mgの特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤および約500mgの薬用ショウガ根であり、またエキスの使用の際には、前記特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤に加えて50mgの薬用ショウガ根が意のままに役立てられるはずである。苦痛薬との組合わせにおいて、これらは、投薬単位つき500mgの持ち分を有する。そのような単位は、毎日3回服用されるべきであり、ひどい場合には毎日6回服用されるべきである。」(8頁11行ないし20行)、

「前記薬剤(製剤)は、カプセル、滞留もしくは貯留された糖衣錠剤の形態で、または当該物質の流動性のある調合剤として投薬されることができる」(9頁1行ないし4行)。

〈2〉  上記本願明細書の記載によれば、本願発明は、有効成分として薬用ショウガ根と特製の二裂及び二つ折のイチョウの乾燥剤とからなる配合剤であって、むかつき又は嘔吐等に抗する医薬であるところ、本願明細書には、「共働させて驚異的に強化する結果となることが証明されている。」という記載とともに、「散薬の使用の際には、約30mgの特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤および約500mgの薬用ショウガ根であり、またエキスの使用の際には、前記特製の二裂および二つ折のイチョウの乾燥剤に加えて50mgの薬用ショウガ根」を用いること、そして「毎日3回服用されるべきであり、ひどい場合には毎日6回服用されるべきである」と記載されているものである。

しかしながら、本願明細書には、上記投与量及び投与回数の根拠、すなわち上記投与量及び投与回数の場合、むかつき及び嘔吐はどの程度治療されるのか、薬用ショウガ根あるいは特製の二裂及び二つ折りのイチョウの乾燥剤の単品を投与したときに比べ、両者を配合したことにより、治療効果はどの程度強化されたのかの点について明らかにする記載は全くない。さらに、本願発明のもう1つの効果である「副作用および病的危害を加えない」点を裏付ける実験データ等の記載もない。

そうすると、本願明細書に接する当業者は、本願発明の医薬が実際にその用途において有用性を有することを容易に理解することができるとはいえないものである。

〈3〉  原告は、上記認定の本願明細書の記載をもって、薬理データに代わり得る具体的な記載として十分である旨主張するが、その主張は、結局、前記(1)に説示した明細書に薬理データ又はそれに同視すべきデータを記載すべきであることに反する見解に基づくことに帰し、採用することができない。

〈4〉  よって、本願明細書には「薬物を投与した結果、具体的にどの程度効果が認められたのかは確認できないから、医薬の用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているものと認められない。」との審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する(平成10年10月15日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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